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古都ひろさき

風流を味わう

弘前に点在する歴史的建造物や、和料理、和菓子のおいしいお店・・・。
さあ、和の街弘前を散策しよう。

弘前市内の主な神社仏閣・武家屋敷

弘前城
熊野奥照神社
弘前八幡宮
仲町伝統的建造物群保存地区
石場家住宅
誓願寺
高照神社
岩木山神社
革秀寺
長勝寺
最勝院五重塔

郷土料理を味わう

季節感たっぷりの和料理、 美しく可憐な、数々の伝統和菓子・・・。
城下町の味をたのしみ、和の粋を堪能できる、古都弘前を訪ねてみよう。

鱈のじゃっぱ汁

冬の味覚 鱈のアラと、豆腐、大根、ねぎなどを味噌で煮込んだ郷土料理の定番。昔は鱈を1本まるごと買って半身にし、頭と肝でじゃっぱ汁をつくり、残りは粕漬けにして食したという。体の芯から温まる雪国ならではの鍋料理だ。

けの汁

大根、にんじん、ごぼう、わらび、凍み豆腐、こんにゃくなどをさいの目に細かく切り、大鍋で煮て味噌で味付けした津軽を代表する郷土料理。中に入れる具はその家によって異なり、昔は大量につくり置きして食べる分だけ温め直し、保存食の役割も果たしていた。

知ってトクする「マメ知識」

城下町ならではの「古町名」
弘前には城下町に由来する古い町名が残り、市内各地に「古町名標柱」が建てられている。

紺屋町(こんやまち)

当時染物屋を「紺屋」と呼び、百軒以上の染物屋が建ち並んでいた。

禰宜町(ねぎまち)

八幡宮の禰宜が多く住んでいた町。

五十石町(ごじっこくまち)

城の西側を守る中級武士が住んでいた町。

大浦町(おおうらちょう)

藩祖為信が「津軽」と改称する以前の姓が「大浦」。築城当初は城内にあったが、その後大浦町と定め藩政末期まで重巨を住まわせた。

笹森町(ささもりちょう)

篠森勘解由(ささもりかげゆ)という豪傑な武士が住んでいたことから名付けられた町。

新町(あらまち)

山師や木場人足が住んでいた町。気性の荒さから「新町」と記されていた。

鷹匠町(たかじょうまち)

鷹匠が住んでいた町。

白銀町(しろがねちょう)

金銀細工の職人が多く住んでいた。

親方町(おやかたまち)

荷駄(にだ)方人足(馬で荷を運ぶ職業)の親方衆が住んでいた町。

鞘師町(さやしまち)

刀の鞘を作る職人が住んでいた。

萱町(かやちょう)

下流武士が住み、萱が群生していた。

元大工町(もとだいくまち)

弘前城築城の際、大工職人が住んでいたが、その後、藩医や町医などが住んだため、元、大工が住んでいた町と呼ばれるようになった。

本町(ほんちょう)

鍛冶や銅屋の職人町で、著名な刀工が住んでいた町。本鍛治町と呼ばれ、やがて略称が町名となった。

瓦ケ町(かわらけちょう)

城内で使う瓦を作る「御瓦屋」があった町。

代官町(だいかんちょう)

津軽領内に18もの代官所があり、これら代官の住む屋敷が町割りされていた。

在府町(ざいふちょう)

当初、足軽町(あしがるちょう)と呼ばれていたが、江戸で召し抱えた侍を弘前に連れて来た時、この地に住まわせたことから名付けられた。

桶屋町(おけやまち)

桶や樽などをつくる職人が住んでいた町。

銅屋町(どうやまち)

銅や釜をつくる職人が住んでいた。

松森町(まつもりまち)

参勤交代の通路となった碇ヶ関街道の両側には多くの並木松が植えられていた。 松を手にする「松守」が住んでいたことから命名。


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